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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)1076号 判決

原告

福田隆平

右訴訟代理人

音喜多賢次

被告

川本弘房

右訴訟代理人

篠岡博

主文

原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の土地の賃料月額は、昭和四八年五月一日以降金九、八五五円であることを確認する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一、原告

(一)  原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の土地の賃料月額は、昭和四八年五月一日以降金一万七、二八〇であることを確認する。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  原告の請求原因

一、別紙物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)の所有者であつた原告の先代福田新太郎は、昭和四年一〇月一日、被告の先代川本重蔵に対し、本件土地を、普通建物所有の目的で賃貸した。そして、原告は、昭和二六年八月二一日本件土地の所有権を贈与によつて取得したのに伴い、本件土地の賃貸人たる地位を承継取得し、他方被告は、昭和三六年五月一七日本件土地上の建物を相続によつて取得したのに伴い、本件土地の賃借人たる地位を承継取得した。ところで、原・被告は、昭和四四年二月一日、本件土地の賃貸借契約の期間を昭和三四年一〇月一日から昭和五四年九月三〇日まで満二〇カ年間として更新されたものであることを確認し、その旨の契約書を作成した。

二、本件土地の賃料の月額は、昭和四四年二月一日当時金三、一三九円であつたが、その後当事者間の合意によつて順次増額され、昭和四五年七月以降昭和四六年三月まで金四、五三六円、同年四月以降昭和四七年三月まで金五、七三〇円、同年四月以降金六、七九六円となつた。

三、ところで、昭和四七年四月以降本件土地の価格をはじめ、諸物価の高騰は著しく、それに伴い、公租公課も増額される傾向にあり、本件土地の賃料も近隣の地代額等にも比して低額となつたため、原告は、昭和四八年四月頃、被告に対し、同年五月以降の賃料の月額を地代家賃統制令に定める統制額と同額の金一万七、二八〇円に増額する旨の意思表示をなした。

四、仮に、昭和四八年五月以降の賃料月額が原告の請求する金一万七、二八〇円に達しないときには、原告は、本訴の提起と維持によつて被告に対し昭和四八年四月以降も継続的に本件土地の賃料増額の意思表示をしているものであるから、昭和四九年四月以降の賃料についても、原告のさきになした増額請求の範囲内において相当額にまで値上は認められるべきである、

五、しかるに、被告は、右増額請求の効果を争うので、原告は、被告に対し、本件土地の賃料月額が昭和四八年五月一日以降金一万七、二八〇円であることの確認を求める。〈以下略〉

理由

一原告主張の請求原因第一、二項の事実は当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、昭和四七年四月以降、本件土地を含む土地の価格の高騰は著しく、それに伴い本件土地の公租公課も増額されていることが認められるし、また〈証拠〉によれば、本件土地の近隣の地代額は、少くとも昭和四八年五月当時においては、相当に高額となつていることが認められ、右認定に反する証拠はないから、昭和四七年四月以降における右のような経済事情の変動の結果、本件土地の賃料額は、不相当になつたものと認められる。

二ところで、原告は、昭和四八年四月頃、被告に対し、同年五月以降の本件土地の賃料を月額金一万七、二八〇円に増額する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。そこで、原告のなした増額請求に基づく本件土地の相当賃料額について検討する。

まず、〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件土地は、小田急電鉄祖師谷大蔵駅から北西約四五〇メートルのところに位置し、東側が幅員約2.82メートルの区道に接面する間口約13.87メートル、奥行約16.765メートルのほぼ正方形の形状をなし、都市計画上、第一種住居専用地域、建ぺい率六〇パーセント、第一種高度地区、容積率一五〇パーセント、準防火地域に指定されている。また、近隣は、中級ないし中級以上の個人住宅を主とする住宅街であるが、日用品を買求める小売店舗に近いほか、学校、公園等の公共施設も調い、きわめて良好な環境にある。

(二)  本件土地の昭和四五年から昭和四八年までの固定資産税・都市計画税および近隣の公示価格を基準とし、本件土地の位置、形状、道路条件、環境条件等の個別要因を比較考量して算出した本件土地の価格(基礎価格)は、別紙租税・土地価格一覧表記載のとおりである。

(三)  本件土地附近の借地の賃料月額は、昭和四八年四月当時において、一坪あたり金九五円ないし金一六〇円であり、昭和四九年四月当時において、一坪当り金一三五円ないし金一九〇円である。また、原告が本件土地附近の土地を他にも賃貸しているが、その土地の賃料月額は、昭和四八年四月当時において、一坪あたり金一六五円ないし金二三九円となつている。

次に、土地の適正賃料の定め方については、従来いわゆる積算式評価法、賃料事例比較法、収益分析法、スライド式評価法等の諸種の方法が提唱されているが、本件のごとく昭和四年以降長期間継続し、しかも昭和四八年四月以前の賃料額がいずれも当事者間の合意により円満に決定されてきた賃貸借契約に基づく支払賃料を改定する鑑定評価にあたつては、当事者間の合意賃料は当事者間の特殊個別的な事情をほぼ正確に反映し、主観的には適正なものであつたというべきものであるから、過去に当事者間において合意によつて定められた賃料額、公租公課および本件土地の価格を基礎とした必要経費の年額賃料に対する割合、純収益の不動産価格に対する割合、年額賃料の底地価格に対する割合を求めたうえ、それぞれの平均割合を各評価時点の必要経費、純収益、および底地価格にスライドして算出した賃料を基本とし、これに近隣の賃料事例等を総合的に比較考量して、相当賃料額を算定するのが相当であると判断する。

この点について、原告は、地代家賃統制令による公定賃料によるのが相当であると主張するが、地代家賃統制令による統制賃料額は、その適用を受ける土地の賃料額の最高限度を示したものにすぎないものであつて、その適用を受ける特定の土地の賃料額でも常に右統制額と一致するものではなく、また、統制賃料額が増額された場合においても、その適を受ける特定の土地の賃料額が当然改定された統制額にまで増額されるものではないから、原告の右主張は到底採用することができない。

三そこで、前記説示の算定方法にしたがい、原告のなした賃料増額請求に基づく相当賃料額を算定する。

(一)  まず、前記事実に基づく従前の必要経費の年額賃料に対する割合(必要経費÷年額支払賃料)は、次のとおりである。

昭和45年6月まで

21,654÷43,800≒0,498

昭和45年7月以降

21,654÷54,312≒0,398

昭和46年度 31,702÷68,760≒0,461

昭和47年度 40,889÷81,552≒0,501

平均 0,4635

(二)  過去の純収益の不動産価格に対する割合は、次のとおりである。

(イ)  過去の純収益(年額地代―租税公課)

昭和45年6月まで

43,800−21,654=22,146円

昭和45年7月以降

54,312−21,654=32,658円

昭和46年度 68,760−31,702=37,058円

昭和47年度 81,552−40,889=40,663円

(ロ)  純収益の不動産価格に対する割合(純収益÷基礎価格)

昭和45年7月以降

32,658÷16,748,000≒0.00195

昭和46年度

37,058÷18,902,000≒0.00196

昭和47年度

40,663÷20,000,000≒0.00203

平均 0,00198

(三)  年額賃料の底地価格(基礎価格の七割)に対する割合は、次のとおりである。

昭和45年7月以降

54,312÷5,024,400≒0.01081

昭和46年度

68,760÷5,670,600≒0.01212

昭和47年度

81,552÷6,000,000≒0.01359

平均 0,01217

(四)  次に、前記(一)ないし(三)項の方法によつて算出した各平均割合にスライドして昭和四八年四月当時における賃料を算出すると、次のとおりとなる。

(イ)  必要諸経費率にスライドした賃料の年額

63,280÷0.4635≒136,526円

(ロ)  収益率にスライドした賃料の年額

27,635,000×0.00198+63,280≒117,997円

(ハ)  底地収益率にスライドした賃料の年額

8,290,500×0.01217≒100,895円

また、以上、(イ)、(ロ)、(ハ)の算式によつて得られたスライド賃料の平均は、年額にしてほぼ金一一万八、四八六円であり、月額にしてほぼ金九、八七三円となる。

(五)  ところで、本件土地附近の借地の昭和四八年四月当時の賃料事例は、前記認定のとおりである。もつとも、〈証拠〉によると、本件土地の近隣である世田谷区祖師谷三丁目附近には、昭和四八年四月当時月額金四〇円ないし金一一〇円程度の賃料しか徴集していない借地も存在することが認められるが、〈証拠〉によれば、これらはいずれも国有地であるとの特殊事情によつて低額となつていることが認められるから、これをもつて、本件土地の相当賃料額の算定資料とはなし難い。そして、右のごとき近隣の賃料事例の対象地は、〈証拠〉によれば、世田谷区内の祖師谷、砧にあつて、いずれも権利金・敷金授受の有無、契約期間、地形等の点において本件土地と若干異なる点もあるが、その事例中、本件原告の貸地を除外するとこれらの平均賃料月額は、一坪あたり金一三一円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(六)  また、〈証拠〉によれば、昭和四五年を一〇〇とした場合の昭和四八年の全国消費者物価の総合指数は123.9であることが認められ、この認定に反する証拠はない。

以上のとおり、過去の賃料、公租公課および本件土地の価格を基礎として算出したスライド賃料を基本とし、近隣の賃料事例、消費者物価指数等の諸事情を考慮・参酌すると、原告の増額請求に基づく昭和四八年五月以降の相当賃料額は月額金九、八五五円(一坪あたり金一三五円)と認めるのが相当である。

四なお、原告は、本訴の提起と維持によつて被告に対し昭和四八年月以降も継続的に本件土地の賃料増額の意思表示をしているものであるから、昭和四九年四月以降の賃料についても原告がさきになした増額請求の範囲内において相当額にまで値上が認められるべきものであると主張するので判断するに、借地法一二条による賃料値上の請求権は一種の形成権であつて、これによつて賃料値上の意思表示がなされたときは、その値上賃料額の範囲内において、客観的に値上を相当とする額につき、将来に向つて法律上当然に値上の効力を発生するものであるが、その後さらに賃料値上を相当とする客観的事由が発生しても、賃貸人において新たに賃料増額の意思表示をしない限り、当然にその後の適宜の日時にさきになした値上賃料額の範囲内の相当額にまで賃料が増額されるものとは解し難く、また賃料値上請求権の行使は法律上当然に従前の賃料を変更するという重大な結果を伴うものであるから、その意思表示の日時、存否は明確になされるべきものというべく、しかして、過去の一定時における値上賃料額の確定訴訟の提起と継続により値上の意思表示が被告に対し黙示的・継続的になされているものと解することも許されない。したがつて、原告の右主張は採用するに由ないものというべきである。

五そうすると、原告の本訴賃料額確認請求は、右に算定の相当賃料額の限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は理由がないとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。(塩崎勤)

物件目録〈略〉

租税・土地価格一覧表

昭和四五年度の租税 金二万一、六五四円

昭和四六年度の租税 金三万一、七〇二円

昭和四七年度の租税 金四万〇、八八九円

昭和四八年度の租税 金六万三、二八〇円

昭和四五年一月現在の土地価格

金一、六七四万八、〇〇〇円

昭和四六年一月現在の土地価格

金一、八九〇万二、〇〇〇円

昭和四七年一月現在の土地価格

金二、〇〇〇万二、〇〇〇円

昭和四八年一月現在の土地価格

金二、七六三万五、〇〇〇円

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